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貫井徳郎ワールド:空白の叫び(超長文、完全ネタバレです)

空白の叫び 下
空白の叫び 下
posted with amazlet on 06.09.17
貫井 徳郎
小学館 (2006/08/25)

空白の叫び 上
空白の叫び 上
posted with amazlet on 06.09.17
貫井 徳郎
小学館 (2006/08/25)

貫井徳郎さんの最新作で超大作の『空白の叫び』を読み終わりました。


14歳の普通の中学生3人----普通なんてものはないけど強いて言うなら特別の不良でもないって意味で「普通」---が、殺人を犯してしまいます。


主人公となる3人の中学生は、久藤、葛城、神原。


かつていじめられた経験から、力で世間をひれ伏させることに執着している久藤の前に産休補助の女性教員の柏木が現れます。柏木は若さゆえに久藤を熱心に接するのですが、久藤にはそれは自分の「力での支配」を揺るがしかねない許容できない存在としてしか映らず、久藤を苦しめることになるのです。力でしか相手を屈服させることしか知らない久藤は、柏木に恥辱を与えようとするのですが、逆にそのことで久藤は柏木に飲み込まれていってしまい、ついに柏木を死に至らしめるのです。


医者の息子という恵まれた環境に育ちながら、14歳とは思えないほど洞察力と自己分析力を持った葛城ですが、彼の中で一点だけ彼の心を乱す存在がいました。それは使用人の息子でひとつ年下の英之。英之は使用人の息子であるという己の立場を利用して葛城の築いた壁を簡単に乗り越えてくるわきまえを知らない愚鈍な人間でした。そんな英之は葛城にとって、彼が人間らしい感情を起こさせる唯一の人間であり、自分のアイデンティティを崩しかねない存在でした。そんな英之はある日勝手に葛城の部屋の中に忍び込んで、葛城が大切に製作したガンダムのパーフェクトグレードのプラモデルを破壊してしまいます。そのとき葛城の中で初めて人間らしい衝動---殺意を覚え、実行に移してしまうのです。


最後の神原(彼だけ「ぼく」という一人称で登場します)は、母子家庭なのですが、実の母親は遊び歩いていて実際に彼を養育しているのは祖母と叔母でした。しかし祖母が亡くなったことでその遺産を巡って実の母と叔母の間で諍いが生じ、遺産を受け取れなかった実の母は、叔母をだましてお金を奪い取ろうとします。その事実を知った神原ですが、叔母にそのことを指摘しても叔母は聞き入れてくれず、思いつめた神原は実の母を焼き殺すという行動に出てしまったのです。


こうして3人は少年院に入るのですが、3人とも年少ということもあって、他の院生に厳しいいじめにあうことになります。しかもそれを加担しているような教官までいる始末で、地獄のような日々を送ることになるのです。
ここまでが上巻のお話。


3人のお話はまったく別々のお話として語られ、しかも犯罪に至るまでの過程の描き方がとても緻密。それだけでひとつの短編小説として立派に成立するほどの完成度です。マスコミが「心の闇」なんていう陳腐な言葉で簡単に片付けてしまうようなそれぞれの心の葛藤を丁寧に丁寧に描いていくのです。特に久藤の心理描写については見事としか言えないほどで、ここが貫井徳郎さんの真骨頂です。またたかがガンダムのプラモデルを壊されただけで殺人に至ってしまう葛城についても、なぜそんなに思い入れを強くしていたのかを、彼がガンダムをただ組んでいたわけじゃないっていうのを丁寧に描いているので、読んでて無理がないのです。読んでるとこっちまで柏木や英之や神原の母親に殺意を抱いてしまうくらいです。


こうしてこの3人が少年院で出会うのですが、この中で3人が特に急接近するわけではなく(葛城と久藤は同部屋なのですが)、虐げられる3人で協力していこう・・・程度の話をした程度にすぎなくて、これも結局は葛城が医療少年院に移ってしまうことで立ち消えになるなど、院の中でも3人がバラバラに描かれていくのです。



下巻に入っても、3人それぞれ独立したストーリーが展開されます。


まず久藤は新聞配達をはじめるのですが、しばらくすると何者かの嫌がらせが始まるのです。結局職場を追われて、次にはじめたファースフトフードのバイトも「殺人者を雇ってていいのか」という電話によりクビになってしまいます。そんな彼に中学時代の友人から「お金儲け」のアイデアを吹き込まれるのです。久藤は自由を得るため---受け入れてくれない社会から逃げ出すためのお金を得ることを決心するのです。


一方、父親から手切れ金代わりに購入してもらったマンションに住む葛城は、何不自由ない生活を送っていましたが、暇つぶしで通っていた英会話学校で出会った彩に次第に心を許していくようになります。しかしその彩がマルチ商法にはまってしまったことで、その彩を助けるために自由になるお金を求めるようになります。それだけではなく彼の中に潜む破壊願望が芽を出し、犯罪へ突き進めさせます。


神原は叔母のために母親を殺したのに、叔母はそのことを感謝すらせず、しかもだまされた男にまだ貢ぎ続けていることを知り、ショックを受けます。「せっかく殺してあげたのに」のように思ってしまう神原は、そのうち自分を正当化して周りの人間こそがすべて悪いというふうな感情を抱くようになります。結局、叔母は有り金すべてを巻き上げられてしまい、そのことを知った神原は叔母を激しく罵倒してしまいます。そして叔母は自殺を図ってしまうのです。


こうして3人はお金儲けのために再び出会います。お金儲けとは銀行強盗。しかし3人だけでは計画は実行できず、やむを得ず少年院で知り合った黒沢と米山の力を借りることになるのですが、ここから徐々に計画が破綻していくのです。
果たして銀行強盗は成功してまんまと3人は大金を手にすることができました。しかし3人の背後に迫っていた別の悪意が3人を翻弄し、彼らを追い詰めていくのです。そして神原と葛城を巡る数奇な運命も明らかになります。最後に待っていたのは・・・破滅でしかありませんでした。


下巻については上巻とちがって、どっちかというとエンターテインメント路線にシフトしています。銀行強盗を実行するまでの過程は多少強引なシーンもありましたが、銀行強盗を実行しているシーンはとてもスリリングでしたし、その後のどんでん返しや葛城と神原の関係が明るみになる部分もとても衝撃的でした。悪く言えば前後半がアンバランス。よく言えばメリハリがあって下巻の後半はとてもスピード感があって読みやすくなっています。あたしは後者の評価を取りたいって思います。
バラバラに生きていたはずの3人が再び出会うまでの過程で、とても巧みに練られた伏線が張られていて、それらがちゃんと最後の最後でちゃんと収斂してどんでん返しに有効に働く様は、他の貫井さんの作品同様、見事としか言いようがないです。さすが叙述トリックの神様(と、あたしは勝手に思ってる)の貫井さんだけのことはあります! 神原と葛城の関係についてのどんでん返しは本当に脱帽でした。


面白かったのは下巻に入ると、それまではとてもマジメないい子だと思ってた神原が、実はとんでもなくずる賢い卑怯者だっていうことが明るみになります。上巻で黒沢が神原をそう評していましたが、それが見事的を得てて、思わず笑ってしまいました。結局それが元で神原は最後に悲惨な最期を迎えてしまうのですけど、それは自業自得です・・・。
葛城は完全に浮世離れしちゃってるし、久藤も何かを悟りきったようなところがあって、ある意味、一番人間くさいのがこの神原だったということなのでしょうね。


ちょっと難癖をつけてしまうとしたら、少年犯罪の「刑の軽重」とかについては今更語るまでもないと思うので何も触れるつもりはありません。そんなものは他の作品の任せておけばいいという感じの内容でしたが、それはわかるとても、3人が卒院して社会復帰した後の3人の取り巻く状況が軽すぎます。もっと世間からの厳しい裁きが待っているんじゃないでしょうか。そこがほとんど描かれてないのが物足らなかったです。たとえば真保裕一さんの『繋がれた明日』や、東野圭吾さんの『手紙』に比べると、テーマが違うといってしまえばそれまでなんだけど、本当に軽い。


また、3人が同時期に同じ少年院に入るって言うのはありえるんでしょうか。この点はちょっとだけご都合主義な感じがしちゃいました。


それと自分が犯した殺人という大罪について苦しんでいるのは久藤くらいで、葛城は自分が犯した罪を認識こそすれ自分の行為として考えている感じがしないし、神原に至ってはそれを正当化して悪いことをしたとすら考えていない(文中でも「後悔はしていない」と言っています)のはどうなんだろうって首を傾げたくなりました。神原が正当化するのは本人が「殺してあげた」とずっと思ってるのだからそれはそれで仕方がないのかもしれないのだけど、殺人という行為が彼らの中だけではなく、作品が描く世界の中においても軽く扱われているのが、下巻が急にエンターテインメントにシフトしたという印象を与えるのを助長してしまっているような気がしてなりません。
あと、エンディングもちょっと物足りません。「え、ここで終わっちゃうの?」っていう感じで。貫井さんのミステリー作品ってこういう感じのが多い気がするけど、それにしても唐突すぎます。じゃあ葛城はどういう選択をするのかとか、黒沢や米山や瀬田や増田のこれからはどうなるの?とか、詳しく書かないにしてもある程度示唆するとか、読者に考えさせるような意味深なことを残しておくとか、そういう配慮があってもよかったんじゃないかなって思ったりもします。


長くなっちゃいましたけど最後に評価を・・・。むずかしいけど、★★★★☆。実際は4.5くらいなんだけど。やっぱり社会に出てきた直後と終わり方の描写が弱いのが残念・・・。



繋がれた明日
繋がれた明日
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真保 裕一
朝日新聞社 (2006/02/07)


手紙
手紙
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東野 圭吾
毎日新聞社 (2003/03)
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おすすめ度の平均: 4.39
4 絶妙で巧妙な文章構成
3 犯罪者を身内にもった苦悩はよく書けているが
5 久々に号泣しました