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夏の狂気:照柿

照柿(上)
照柿(上)
posted with amazlet on 06.08.21
高村 薫
講談社 (2006/08/12)

照柿(下)
照柿(下)
posted with amazlet on 06.08.21
高村 薫
講談社 (2006/08/12)


高村薫さんの『照柿』です。
あたしは単行本の方を既に読んでたんですけど、高村薫さんは単行本を出すときは大幅に手を入れるので、今回はどうブラッシュアップされてるかに期待して読ませていただきました。


お話は直木賞作品『マークスの山』の後、『レディ・ジョーカー』の前に当たる頃の時代。合田雄一郎がまだ本庁に勤務してた頃、八王子でおきた強盗殺人事件の捜査本部にいた頃、青梅線の拝島駅で人身事故に遭遇します。雄一郎はそこで偶然すれ違った佐野美保子にひとめぼれしてしまいます。
亡くなったのは佐野美保子の主人は愛人で、美保子が夫をナイフで追いかけた(と疑わしき)果ての事故だったのですが、雄一郎はなぜかそれを報告せずに現場を立ち去ります。
一方、美保子は野田達夫という鉄鋼会社勤務の男と不倫関係にありました。この達夫は雄一郎の幼なじみで、この三人が次第に運命の糸で絡んでいって、最後には悲劇が待ち受けているというお話です。
前作のマークスの山がミステリー作品として大絶賛を受けたのですが、それとは打って変わってミステリーではなくて三十代半ばの男と女の濃密な人間ドラマです。


ストーリーを貫いているのは「熱」です。その熱の色がタイトルにもなってる照柿という名前です。熱の意味するのは8月の猛暑、臙脂色に輝く照柿色の西日、達夫が勤める会社の熱処理工程の炉の炎、そして男と女の情念という名の熱を示しています。その熱にうなされながら雄一郎も達夫も不眠症になって、精神が蝕まれて自分を見失い美保子に引き寄せられていくのです。
熱に照らされた裏側に生まれる影の部分の濃さが物語の底辺に深く沈みこんでて、その暗黒の闇と照柿色の対比が鮮やかすぎて、ものすごく悲しい雰囲気に支配されます。


三十代半ばっていうと、あたしもそうなのだけど、今までやってきたことに疑問を持っても新しくやり直すには遅すぎる微妙な時期。それまで若さにモノを言わせて勢いで走り続けてたけど、ふと足を止めてみるとそれまで目をそむけてきた部分に気づかされるころでしょう。自分の中がいかに空虚なのかということと、周りの期待と責任に押しつぶされそうになってしまうころでもあるかもしれません。
だから迷う。迷ってあがく。あがいてますます見えなくなる。そんな人間の姿をとても厳しくクールに描いています。
物語を貫くのは、徹底したリアリティと冷徹さです。高村さんはこの三人に容赦ないです。
リアリティーという点ではある意味、過剰かもしれません。
たとえば正四面体の物体を撮影するときに、そのまま正四面体と置くのじゃなくて、面の部分を凹面に削ってエッジを尖らせて、そこを強調するように強い光を当ててコントラストを強調するような、そんなリアリティ。エッジが立ってるからそこに触れると痛みを感じます。そんな冷徹さです。文庫化されて余計な贅肉をそぎ落としたり、肉付けした結果、それがより強調されているように思います。
ただ全面改稿って言っても、ほとんど別の作品になってしまった(らしい)『マークスの山』とは違って、内容が大きく変わったわけじゃないので、単行本を読んだ人があらためて買いなおすほどではないかもしれません。


雄一郎はマークスの山とはまったくの別人です。逆にこの後のレディ・ジョーカーでの雄一郎の方が雄一郎らしいです。だから別にマークスの山を読まなくてもいいと思いますし、レディ・ジョーカーを先に読んだって何にも問題ありません。事実、あたしはマークスの山レディ・ジョーカーを読んだあと、この照柿を読みましたから。
あと個人的に、羽村とか拝島とか立川とか、前の会社で縁のあった地名がいっぱい出てくるので、けっこう思い入れのある作品なんです。


さて評価です。単行本の評価は星3つだったんですけど、文庫版は★★★★☆にしておきました。



○おまけ

世界で一番気になる地図帳
おもしろ地理学会
青春出版社 (2006/05/25)

照柿の上巻を読み終わって、ちょっと精神的に疲れたので、こんな雑学本で気分転換していました。こういうのも好きなんです。